【日本橋馬喰町】名前の由来と問屋街の歴史

2018年5月22日

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日本橋馬喰町って何て読むんだろう?

そんな疑問から、馬喰町の名前の由来など調べてみました。

 

 

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馬喰町 名前の由来

馬喰町(ばくろちょう)ってそのまま見ると馬を喰らう町ということで、想像するだけでなんだかすごい町のような気がしますが、調べてみるとまったく違った意味でした。

調べてみると、昔は「博労町」(ばくろうちょう)と呼ばれていて、

江戸時代にこのあたりは馬場があり、博労頭の富田半七と高木源兵衛が管理していたそうです。

そして、この高木家が名主となったことで「博労町」と呼ばれるようになり、やがて今の「馬喰町」と変化したようです。

博労(ばくろう)とは牛馬の売買を行う仲介業者さんのことのようです。

そもそもこの厩舎は、徳川家康が関ケ原出陣の際に高木源兵衛に命じて作らせたそうで、とても歴史を感じます。

 

 

問屋街になった歴史

馬喰町は問屋街として有名ですが、この問屋街ができたきっかけについても調べてみました。

家康が亡くなってから約40年後の1657年(明暦3年)に関東郡代の屋敷が建てられ、ここを訪れる人々のための旅館街となったことがそもそも始まりのようです。

関東郡代とは、税の徴収などを管理する役職のようで、
今でいう役所のような所でしょうか。

その土産物の商いや、すでに問屋街であった隣町の横山町の影響で、馬喰町は問屋街として発展していったそうです。

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想像していたのとは全く違う、昔からの文化を受け継いだ歴史ある町でした。

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Posted by yossy